ネイルアートの始まり?イラストをネイルに施した学生時代
大学のクラスメートにとても発想力の高い友人がいて、いつも長い爪に変わった色のポリッシュを塗っている子がいました。当時は青や緑のネイルはとても珍しかったのです。
ある日、彼女が爪に“オバケのQ太郎”のファミリーを10本の爪に描いてきたのです。ちなみにオバケのQ太郎とは、古すぎて分からない若者が多いかと思いますので解説いたしますと、ドラえもんの前に藤子不二雄が描いていた漫画です。ああ・・・古すぎます、題材が。
もちろんネイルアートという言葉すら無い時代ですので、それはみんなびっくりしました。ちょうどその爪で我が家に遊びにきている彼女を見た私の父は、気でも狂ってしまったのでは無いか?と本気で心配しておりました。
ある日、彼女が爪に“オバケのQ太郎”のファミリーを10本の爪に描いてきたのです。ちなみにオバケのQ太郎とは、古すぎて分からない若者が多いかと思いますので解説いたしますと、ドラえもんの前に藤子不二雄が描いていた漫画です。ああ・・・古すぎます、題材が。
もちろんネイルアートという言葉すら無い時代ですので、それはみんなびっくりしました。ちょうどその爪で我が家に遊びにきている彼女を見た私の父は、気でも狂ってしまったのでは無いか?と本気で心配しておりました。
ネイルアートには爪の形が大事☆ネイルベッドが長く丈夫であること
しかし私にはその爪が楽しくて魅力的で、私にもやってとお願いしたものです。彼女は色とりどりのポリッシュを爪楊枝を利用して器用に描いてくれました。しかし、私の爪は短くて不格好。全然イメージが違うと感じました。
彼女の爪はネイルベットが長く、自爪が丈夫でとても美しい爪の形をしていました。その時から爪の形が違うとこうもイメージが変わるのか、と思い知らされていたのです。これが私の初めてのネイルアート体験でした。30年ほど前の出来事でした。
そんな昔の経験から、私の爪はかっこうが悪いと自覚していました。でも大好きなポリッシュを塗るために、一生懸命爪を伸ばしては折れ落胆する、という日々を送っていました。そこで経験したアクリルネイルですから、そりゃあもう夢中になりました。
シドニーの電話帳を開いてネイルを教えてくれる学校を探しまくりました。当時はネイルを専門に教えるスクールはほとんど無く、美容学校のカリキュラムに入っている程度の所が主流でした。今ではインターネットが有り、いくらでも情報を検索する事ができますが、携帯電話もペットボトルほどの大きさの時代でしたから、大きな電話帳を抱えて片っ端から電話をかけてみました。
彼女の爪はネイルベットが長く、自爪が丈夫でとても美しい爪の形をしていました。その時から爪の形が違うとこうもイメージが変わるのか、と思い知らされていたのです。これが私の初めてのネイルアート体験でした。30年ほど前の出来事でした。
そんな昔の経験から、私の爪はかっこうが悪いと自覚していました。でも大好きなポリッシュを塗るために、一生懸命爪を伸ばしては折れ落胆する、という日々を送っていました。そこで経験したアクリルネイルですから、そりゃあもう夢中になりました。
シドニーの電話帳を開いてネイルを教えてくれる学校を探しまくりました。当時はネイルを専門に教えるスクールはほとんど無く、美容学校のカリキュラムに入っている程度の所が主流でした。今ではインターネットが有り、いくらでも情報を検索する事ができますが、携帯電話もペットボトルほどの大きさの時代でしたから、大きな電話帳を抱えて片っ端から電話をかけてみました。
女の子必見!彼をだます?魅惑的なネイルエクステンションとは
見つけたネイルスクールの門をたたいたのはそれから程無くしてからでした。セクシーなイタリア人女性が一人でやっているネイル専門店&スクールでした。この日から私のネイル人生がスタートしたのでした。
見るもの聞くものが全て新鮮で楽しくて、あまりにもしつこく先生につきまとうので、なんだかおかしな日本人だわ。と驚いたのよ。と後に彼女から聞かされました。
オーストラリアは、ヨーロッパの文化が色濃く影響している国です。しかし、ネイルと言えばアメリカ。ですからちょうど両方の情報と材料が手に入る場所でした。アクリルネイルはアメリカから。ジェルネイルはヨーロッパから。当時はそのように材料と技術が2極化されていたように思います。
スクールでは、ジェルとアクリルを同時進行で勉強しました。私の第一目的である自爪の形を劇的に替え、フォルムを美しく作る。というのにはアクリルネイルがピッタリでしたので、この頃はとにかくひたすらにアクリルネイルの練習に励んでいました。もう自分の爪は練習しすぎて爪に穴が空いて血が滲んでいたものです。
当時はあまり自爪のプロテクションの定義も知識も無かったように思います。とにかく、夫も友人も心配するくらい寝ても覚めても練習ばかりしていたネイル人生のスタートは、遠い昔のお話なのであります。
柏木KOKO (KOKOIST)
見るもの聞くものが全て新鮮で楽しくて、あまりにもしつこく先生につきまとうので、なんだかおかしな日本人だわ。と驚いたのよ。と後に彼女から聞かされました。
オーストラリアは、ヨーロッパの文化が色濃く影響している国です。しかし、ネイルと言えばアメリカ。ですからちょうど両方の情報と材料が手に入る場所でした。アクリルネイルはアメリカから。ジェルネイルはヨーロッパから。当時はそのように材料と技術が2極化されていたように思います。
スクールでは、ジェルとアクリルを同時進行で勉強しました。私の第一目的である自爪の形を劇的に替え、フォルムを美しく作る。というのにはアクリルネイルがピッタリでしたので、この頃はとにかくひたすらにアクリルネイルの練習に励んでいました。もう自分の爪は練習しすぎて爪に穴が空いて血が滲んでいたものです。
当時はあまり自爪のプロテクションの定義も知識も無かったように思います。とにかく、夫も友人も心配するくらい寝ても覚めても練習ばかりしていたネイル人生のスタートは、遠い昔のお話なのであります。
柏木KOKO (KOKOIST)
ネイルヒストリー開始!アクリル&ジェルネイルをスクールで学ぶ | AUTHORs
大学のクラスメートにとても発想力の高い友人がいて、いつも長い爪に変わった色のポリッシュを塗っている子がいました。当時は青や緑のネイルはとても珍しかったのです。ある日、彼女が爪に“オバケのQ太郎”のファミリーを10本の爪に描いてきたのです。
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