コラム コラム 2015年3月11日 更新 お気に入り追加 0

「ネイルとの出会い」描く人生であることは決まっていました

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もう20年前のことです。小さい頃から紙と絵の具と筆があれば幸せだった私は、高校生あたりで描きたいものは何でも描けるようになり、唯一の選択肢である美大に行き、ついでに絵付けのバイトなどをして暮らしていました。

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最初から「描く人生」であることは決まっていました

もう20年前のことです。

小さい頃から紙と絵の具と筆があれば幸せだった私は、高校生あたりで描きたいものは何でも描けるようになり、唯一の選択肢である美大に行き、ついでに絵付けのバイトなどをして暮らしていました。

しかしながら「アーチストには向いてないなあ」と、頑張って美大にいれてくれた親が聞いたらガッカリしそうなことを思い始めたのは在学2年目あたり。

もう少し身も蓋もある言い方に変えると「芸術性の追求よりも、人の身近に置いてもらえるものを描きたい」でしょうか。

そんな私にある日、友人が一言。

「あなたが絵付けでよく描いている小さなお花を、私の爪に描いてくれる?」
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爪は、一番身近に置いてもらえるアートのキャンバス・・・かも

当時私は全くと言っていいほどファッションに興味がありませんでした。

服より絵の具。

靴より筆。

アクセサリーより紙。

ヘアサロンより美術館。

ごくごく普通の美大生でしたよ。

ただその時、出来上がった「爪の上の絵」を見て喜ぶ友人を前にふと、「爪って、髪や顔と違って自分の視界にいつも見えているから、一番身近なアートのキャンバスなのかも」と思ったのです。

もともと豆雛作りなどミニチュアアートが好きだったせいもあり、小さくて凹凸のある面積に描くのは得意でしたし。

ただ少しだけ興味を持ったのはいいものの、その時にはすでに海外留学が決まっていたのでした。
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海外留学中、コミュニケーションの手段として始めたネイルアート

美術館で働くか、美術の先生になりたいと思っていた私は、生涯教育と美術を学ぶためにイギリスのとある大学院に入りました。

論文を書くのに英語を早く上達させたいと、なんとか現地の人ともっとコミュニケーションをとれないか思案していたとき。

ふとネイルアートのことを思い出したのです。

早速ホストファミリーに、「ネイルアートを練習させてほしい」と声をかけてもらいました。

そうして、イギリスで生活し始めてまもなく、部屋に来てもらったホストファミリーの友人達にネイルアートをしつつ英語で会話をするようになったのでした(英語は上達しました)。

ある日、何度か来てくれた女性が一言。

「一度お店においでって、ネイルサロンのオーナーが言っているわよ」・・・続きは次回コラムにて。

お楽しみに!



田賀美鈴(MOGA・BROOK)

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